年縞(ねんこう)博物館 若狭


思いもしませんでした。今、書き始めたことに。
もう何年もなんでブログ書いてるんだろうと惰性で書いては思っていました。

元々は、備忘録や未来の私宛に書き始めたのだけれど、ラインと違い相手がいない物書きというのは目的が見えなくなる。

手紙って、相手に送るもの。
ブログって相手が見えない。何のために書いているんだろう。

急に書きたくなったのは、若狭にある年縞博物館を見たからかもしれない。
この建物、築山に突き刺しているように見える。土に接している(この)安心感。
それに(今の時代で見るからか…)ひざをついている姿勢にも。
この1点がとても印象深い。

様々な建物を建築家は作るけれど、大地を造形する。そして建物と一体にする。
そんな建築家って、どれだけいるのだろう。

建物自体は一見して高床式形式に見える建物形式。
竪穴式の土着と違って宮廷建築に続く気品と繊細さが元々DNAにある。土に接していないことからくる非現実感を捨てた暴挙。

それに人が外から見える。
博物館って壁に囲まれた中にあるもの。
それに人がデカく見える。天井が低い。横穴式的な空間であることを明示している。

入り口に立てば、複雑な、純建築が好きな方には矛盾だらけな、甘いのに塩辛い的な、
私にはワクワク感しかない。

研究棟が平屋だから、浸水用に上げたのかは不明だけれど、文化庁の公開型収蔵庫のガイドラインなんかには機械室や倉庫の上に展示室と示されていた記憶があるので、施主である役所側からの設計条件があの形態だったのかもしれない。

であれば、土に接する必要がない。
その方が、生活感がない。
非現実感があり作品性が高い。
先進的なオサレ先生なら、そうしていただろうと思う。

それが土に触れている。土自体も造形もされている。考えた人の豊かさというのかな。
ちょっと前にある縄文博物館にも引っ張られたのかな。
いずれにしても、そこがとても好きになった。

またこの建物を印象付ける大きな屋根の存在感がすごい。
屋根こそが日本建築と再認識してしまう。

その屋根は振り子のような構造形式は面白い。
けど鉄骨の接合部が正直目立つなぁ…。
鉄、鉱物って地表にない。木・土って古来、人の生活圏と共にあった。
だから近くにあっても違和感がないけど、鉄って小さくても目立つし違和感も感じてしまう。

鉄は工業化の象徴でもあるので、鉄は洗練されていなければならない。
そりゃ、梁と束にあるデカいホッチキス芯のかすがい金物よりは小難しくは見えるが同じくらい原始的にも見えてしまう。

全て鉄の方が素直な感じがしたけど、登り梁を木で屋根の受け材として用いている。
モーメントを木造梁とすれば軸力だけあの鉄骨で受けているのだと思う。
この地域の積雪荷重の重さを考えれば、あの低い空間をすべて木造でするとなると木の森の屋根になる。
空間を考えると非現実的な感じもする。だから鉄を組み合わせたのかもしれない。

屋根に木を使う意味がよく分からなかったけど、木と鉄とコンクリートの組み合わせが逆に今を表し、見る人に意味を見出させる気もする。
仕掛けなのか、設計者が木を入れたかったのか、施主の要求なのか…
よく分からないけれど、結果として鉄の接合部の納まりがだけが目についたのは私だけなのだろうか。
新しい挑戦しても楽しかったような気がするが、鉄骨造に新しい挑戦がないのも、今の時代かもしれない。

大黒柱的な室内にあるコンクリート壁は耐震用も兼ねているであろうから、両端をポストに吊り橋構造の屋根をかけても面白かっただろうし、コンクリート壁を大黒柱と、とらえてもっとフリーで完全なやじろべい構造の屋根も面白そうだった。屋根だけみてもそんな風に色々と思いをめぐらす…屋根を見上げていてしまい更に気付くことも…

この空間の主役は「年縞」であり、屋根じゃない。
なら、深入りしない、この繰り返しのおさまりで良いではないか、と。
年縞がもつ意味(価値)とその質、建物が生み出す空間の質、
どちらが主役なのか、そのバランスに苦慮されたのかもしれぬ、と。

それにしても1階の小梁のないコンクリートが橋梁的なつくりになっているのが面白いなぁ。
湖と湖をつなぐような橋の下の入り口。土木を長らくしていた私にはそのように感じるし、橋の下はあまり良くない空間なのに、そんな形式にとらわれなく、適したものを取り入れる感じも良いなぁ。
古いものを集めても新しい。

上品な土臭さ、難解をシンプルに表す解答。
入るときからワクワクする。入り口に建つ胸の高鳴り、中に入る瞬間の特別な感じ。

もっとも、向かいの縄文博物館も(もっと)ドキドキする(笑)。
あれはもう建物ではない。生きている。

森だよ。森。森の中に村がある。
森も空間も生きている。
ただ、空間が男性空間のような気もする。
ちっとも女性的な空間がなかった。
増築する時は、女性的な空間と足し合わせて欲しいなぁ。

それにしても、ジブリの世界観に近いのかなぁ。
大地の造形の中に空間(建物)を組み入れている。
コンクリートの森。

何かが聞こえてくる(空間)。
あんな不思議な世界(空間)は他にはない。

ココで見る古代の映像が、展示物が、リアリティを感じる。
ここも展示の質と空間の質が両立している。

過去を扱う建物(空間)には自立した質があり
その空間は人の行動を縛らないことによって
その中身(の質)が見えてくるような気がするなぁ…

対して、最近までの建築って、古く、汚い建物を取り壊して、
大きく、白い建物を作ること
(過去を捨て、新しい中身はあまり吟味しなくても良かった)
それが正義だったような気がするなぁ。