来年の今頃、この景色はどう見えているのだろう…
けれど、耐性がある人もそれなりにいる
ような…
阪神淡路もそうだった…
から、なのか、そうなのかも、しれない。
あの時、その場所で、
全てを受け入れ、飲み込み、
生きてきて
今がある。
その時の線と、
今の状況を線でひける人には
次の線までを見通せる(のかも)
いや見なくてはいけないし、
その先は見えているのかもしれない。
安定しているようで
いつの世も不安定な中
でバランスをとっているだけ
のこと、なのかもしれない。
大騒ぎしても仕方がない。
今更だよね。
人って(の歴史って)、そんな世界を生きてきたし(生き延びてきたし)
昔、確かに私がいた大阪、
焼け跡の長田に行った私、
ポーアイの液状化を見にいった私、
折れた杭を見に行った私、
夢の大阪は遠かった…
でも、まだ私はここに生きているから
耐性がある人って、時代の補助線と補助線でつなげば
書くべき実線が浮かんでくるのであろう。
絡まりあった今の線も上から2Bで書き直すのであろう…
来年にはどんな線になって、動き出す絵ができるのだろう…