私の記憶の1枚の絵
「〇〇卒の●●です。▲▲から聞きました。今、出向で同じ会社なんです」
『●●さん!!』
・・・
・・・
・・・
『だれ?』
今年に入って、変な電話やメールがよく届く。どれも辻褄は合うし、同じ学校を卒業した会社の同期に聞いても「えぇーあいつを覚えていないの?会えば思い出すよ」と驚かれる。
久々の大阪は、私を待っていたかのような出来事ばかり。けれど、私は好きで大阪に戻ったのか…正直、未だによく分からない。
もう、どこでもいい気分さえある。人間勝手なもので『どこもよかった』記憶しかない。ただし大阪除く。だった(はず)。
大阪に異動してからというもの毎週、毎週、出張が入る。東京、近畿内どこでも…と。そのたびに毎回、谷町線に乗る。まぁ朝晩も乗っているが、昼間に乗る谷町線は雰囲気が違う。
高校生の頃、毎日乗っていた谷町線と同じ電車に乗っている感じなのだ。
太子橋今市、関目高殿、野江内代(のえうちんだい)、喜連瓜破(きれうりわり)…と、駅名案内を見る。朝晩の通勤で乗っているときにはあまり意識しない看板が、昼間は違う看板に見える。
よくよく見ると誰が読めるんだ?という駅名を見る自分が、高校生の時に見ていた自分と被る。
昼間なのに暗闇の地下鉄に乗りながら、ぼぉ~と見ていた記憶が戻ってくる。
高校生に戻る。そして大阪人に戻る。干しシイタケがシイタケに戻る。そんな匂いを感じなら…ふと「都島」を見る。その駅から私の第二の人生が始まった。
あの頃を思い出そうにも、思い出すことを拒否している自分がいる。思い出したいような出したくないような。 別に無理にこじ開けなくても、最近少しづつ鍵が緩んできている気もするが。
歳を取ると力みも消えていく。自然に生きれているような。開ければ懐かしい記憶が蘇るような気がするが、甦らせる必要も今ではないような。
今こそ、大阪の写真を撮るべき時期なのかもしれない。
今、写真を撮り、今、その写真を見ても、明日見ても、来週見ても(写真に)意味なんてない。けれど、数年経てば意味が見えてくるし、撮って良かった、と。
そして、今のように10年後には…驚きの1枚になるような気もする。
10年ごとに忘れていた記憶の谷町線の駅名板を見る。
私の大阪の記憶の1枚の絵。守口・都島・阿倍野・降りたことがある人を聞いたことがない喜連瓜破...
また、戻ってきたんだなぁと。
