自然の再現
庭には石を置く。
好きな人に石を贈る。
「なぜだろう」
限られた時を生きる人間にとって、永遠へのあこがれを託すに足りる素材...
外観の変質が緩やかで、内面には無限の時間を秘める。
人は樹木同様に成長し、やがて土に帰る。
四季の楽しみさえも、その一過性に過ぎない。
老木に畏敬の念を抱くのも、同じ生命体であることへの共感からであろう。
流れ去る水も、やはり、うつろな存在である。
人は永遠性の象徴的存在として自然界にある石を崇めた。
庭園の石には自然の姿のままにそえる。
人間の情念さえも包み込むように。
そもそも庭をつくるテーマは「自然」である。
自然を感じるとは「自然環境が人工環境を凌駕している」状態と言える。
だが、見方によっては庭はすべて人工環境である。
なぜ「自然」を求めるのか。
飛鳥、奈良時代は、都市化が進み、自然から遊離すればするほど人間の自然への郷愁は深まったとされる。
これは人が自然界を構成する一生命体としての宿命であろうか。
奈良の都は、現在の大都市と同じ人口過密状態。
土地造成による市街地には、緑もなかったとされる。
このような状況において、庭園をつくるとは「自然の再現」であった。
盆地で生きる人々にとっての理想の庭園、それは「海の風景」だった。
飛鳥・奈良時代の庭園には、明石、淡路島、住吉、和歌浦から南紀までの海岸風景をモチーフして、写実的な自然表現が行われた。
平安時代にはそれまでの瀬戸内から南紀の景勝地だけでなく、天橋立や奥州など遠く離れた地域まで風景描写が広がっていく。
庭園の池は海であり、そこには島がつくられ、荒磯風に石が組み合わされた。
玉石風の州浜には松が植えられて、白砂青松の景観が造成された。
夢想国師による庭園は、それまでの平面的な州浜の石敷デザインから立体的な石組に置き換えられた。
次に小堀遠州が、直線と直角を組み合わせた切石積護岸の建築的な人工のデザインを庭園に応用した。
いつしか、人工と自然のバランスを創造させる場所に変わっていった。
今では自然の再現とはいえない庭が多い。
それは、都会でも自然の再現を庭以外でみる機会が増えたことからかもしれない。