里山...
「里山」というと... 「日本昔話」のイメージを抱いていましたが。
「里山」は律令国家の時代には「公利共利」として利用していた里人の暮らしの場が、中世の荘園制から山野支配の単位になって、支配権の実態から史料に現れてきたとされています。
万葉集や日本書紀にも里山的な表現があるようですが、古代村落は流動性があり、(稲作などの安定から?)中世以降に屋敷地が明確な区画となり継承され、村落(とその周囲)=里山空間という定着していく概念になったそうです。
畿内では古代から遺跡数が増え続け、12世紀に遺跡数のピークがあり、13世紀以降は1か所に集中した集落形態へ変化して現在の集落と重なった形となり、15世紀以降は遺跡の数は減り、16世紀以降はほぼ検出されなくなったとされています。
13~14世紀以降、集落・耕地・水利施設の再編・高度化の開発により、この里山というものが質的に変換し始めたとされています。交通よい地域や規制(掟の緩い)のない一部の地域では資源の枯渇が問題になり、山野のオープンな利用は紛争を起こすことから特定の利権を設定し閉鎖された利用になっていったようです。
「里山」という言葉自体は、13世紀(室町時代)の書物に村落住民が独占的に利用される山野を示したものとして残っていたり、17世紀には奥山と対比される言葉として里山の表現は多数残っているようです。また、江戸時代には今の里山の概念に近い言葉として尾張藩の山林支配について使われてもいたそうです。
しかし、「里山」ということばが「辞典に掲載」されたのは1990年代であり、里山という言葉自体を定義しようと始めたのは1960年代に林学研究で農業との関わり「農用林=里山」とした四手井網英(京大)ではないかといわれています。
他に、歴史変遷研究の有岡利幸は、縄文時代から里人の生活に役立つように改変されたものを想定し、生態学を基礎とした考えとしては田淵英雄が里山林だけでなく隣接する中間の水田やため池、用水路、茅場含めた景観を里山とより広い概念としてとらえています。
狭義・広義の捉え方があるのがある里山ですが、COP10で環境省が里山イニチアチブを世界に提唱したように広義にとらえられている概念が今では多いように思います。
いずれにしても、太古のままの自然というものではなく、人が手を加えることが自然にとっても多様性豊かな自然となる。そして、そのような自然の方が好ましいと思う場合、人為が必要というのも里山の概念を支えている一つでもあるようです。
この里山が形成される過程というのは、人々が生きる為に積み重ねてきた過酷な労働を刻み続けた景観であり、里山の危機は開発による手の加えすぎだけならず放置もまた自然が変わり破壊していくとされています。都会人は里山が人が自然との調和をしていると感じる瞬間の景観なのかもしれないです。
村落は「林業・鉱業・塩業・窯業・狩猟」という社会的分業の拠点として、また「果実・山菜・茸類・鳥獣などの食料、木材・茅の資材や燃料・肥料・飼料、ため池などの水源」として民衆の生活・生産の基本を「里山」というものが支えていました。
近世以前の社会ではこの村落には村境が指定されてあり、地獄も浄土もその道の先、悪霊もその道を通って村落にやってくるとされていました。村の平和に清浄に保つために様々な祭事がされていたとされています。
里山空間は、人々が生きる為に自然と他者と闘いながら獲得した生活空間の一部であり、地域社会の選択と掟・規制で一定期間、自然と調和されていた風景とされています。「自然との共生」などといった一元的な評価だけでは困難な現象ともされています。
古代・縄文時代に人と自然が調和していたものを想像し、そこから現代社会を批判する論調だけでは里山の評価は得られないとされています。
ホタルは、清流の源流では餌となるカワニナがいないことからも生きていけず、生活排水が混ざる「少し汚い川」を好み繁殖してきたことから人間の近くにいました。
また夏に多い雨量も棚田が夏季に貯水能力が高いことから自然と上手くかみ合いました。ダムを作るよりも現実的な選択肢として山と民家の間にある放置里山に貯水した方が良いのかもしれない。
今では手の入っていない放置された雑木林、里山は全国に少なくても600万haあるそうです。また、里山倶楽部(大阪府・河内長野市)など積極的な活動をされるNPOをはじめとして森林ボランティアは一説には全国二万人いるそうです。
(1人0.1haしか保全できないことから二万にでも2000haしか維持できないことになるそうです)
2001年神戸市を会場とした「(第9回)全国雑木林会議」では100団体近くが参加して「里山興行100連発」なる検討をされ、一例では里山になくて、コンビニにあるものなどから連想するなど工夫から、「炭」と「ジュース」を掛け合わせる商品などの提言や、鳥の声コンサート、引きこもり場所の提供、お化け屋敷など里山利用を検討したと残っています。
現代の里山保全に関わるボランティア団体は、都会の目線から草木、昆虫、鳥獣、土など残っている里山のハードを売る視点は自然破壊であり、都市住民にとっての里山価値は清流・鳥の鳴き声や森林の空気、そこで作業する汗を流す快感、食べる食材の美味しさ、仲間づくりに重きを置き、その「空間と時間」にお金を払う。里山の形態を変化させることは望んでいない。
対して、里山住民は農地を金に換える空間に変えたい。木工では広葉樹の太い材が好まれる。高い金額で取引されるが海外産が多い。大して国内には広葉樹は長く伐採されてきていなかったことから多く残り、また伐採すべき木でもある。このような視点がないことから、今では里山空間には中世より人が少なくなり、過疎化になった。
都市住民は、「情報」を得てその選択の中から自分で選ぶ「行動」を起こす生活をしている。里山に対する情報があれば行動を起こすことも可能ともいえる。
炭を大袋で販売するのではなく、小分けにして「消臭用、調質用、バーベキュー用」とし詳しい説明書をつけパッケージデザインをすると何倍も高い値段で売れていく。情報と明確な選択制が売れ行きを左右している。
これからの里山活用には「空間、時間、情報」が都会人には有効な視点。
最後に自閉症や知的障がい者が森林療育に有効なことから、高齢者、鬱病・ノイローゼ・引きこもり・学習障害者にも森林療法がこれからは期待できそうです。
里山とは、これまで里人の問題を解決する場でもあり、現在の問題を里山に持ち込むこともまた、これからの里山への問題を解決することになるのかもしれないです。