京都に帰ってきた・・・





 京都タワーの高さは131m。建設当時の京都市の人口131万人。




京都に戻ってきた・・・

ロウソクではない・・・

開業して50年経ち、今では京都のシンボルの一つともいえる?京都タワー。この半世紀「ヘンなロウソク」と揶揄されながら、古都・京都の街並みにアクセントを付けてきました。

昔は「応仁の乱以来の破壊」とも言われていたそうです。現に京都育ちの人が「あれは京都の恥だ」と言っていた人がいました。昔は私も違和感しかなかったのですが、久しぶりに見たタワーはこれまで見てきた時間のせいか・・・意外に「まぁ・・・いいんじゃないの?京都に帰ってきた」と思いました(笑)

東京から大阪へ帰る途中、東寺を見て「帰ってきたなぁ~!」と思ったものですが、このヘンなタワーを見て同じような気持ちが湧きました。不思議なものです。


そう、京都には(木造建築として日本一の高さ55m)東寺の五重塔がありますよね。タワー建設当時は「東寺より高い建物をつくるなんてありえない」という空気があったそうです。

京都タワーはタワー部が100mあり、下部のビルを入れると高さが131m(当時の人口に由来と言う説あり)。東寺より高く、かつ、なんとも言えないデザインから開業時(昭和39年)には随分と反対論があったそうです。

まぁそうでしょうナ・・・景観がうるさい今日では作れない・・・いや、このタワーが遠因で景観がうるさくなったのかもしれませんナ。
 
・・・かといって、何も変えないのも京都人としてのポリシーにも関わりますしね。京都の街は、京都人が生き、発展させた生活の場として、駅舎やデパートなど巧みに取り込み、色々な変革を取り入れてきましたしね。

この場所は、随分と荒れていた場所だったそうです。明治になり京都駅が出来てから整理が進み、タワーの前は郵便局舎が建っていたそうです。

昭和に局舎が移転し、「町家の瓦ぶきを波に見立てて、海のない京都の街に光を当てている灯台をイメージしたタワー」を建設したそーです。

ん・・・灯台?

どこが?

(白赤にしたのは、ロウソクをイメージした訳ではなく、60Mを超えているので識灯を付けない場合は白と赤で塗ることという決まりがあったからと聞いた記憶があります。また、建築物ではなく工作物として規制を潜って建てたというセコイ話もあったような・・・)

まぁ・・・それは良いとして、このタワーが有名なのは鉄骨を組み上げた筒ではなく、白い円筒状に鉄板を取り入れたモノコック構造な点でしょうか?
普通は「鼓をイメージした」神戸タワーのような鉄骨が一杯入っているイメージや東京タワーのようなトラスぽいのがタワーのイメージですよね。

いずれにしても、建設時には京都タワーはあまり好意的な意見はなかったそうです。が、(比べるのもどーかと思いますが)エッフェル塔も当初は随分と反対意見があったそうですからね。でも、今ではどうですかね・・・仕方ない?見慣れた?いやぁ~今となってはないと寂しい?って感じではないでしょうか?

50年も経つと、ほとんどの人が物心ついた時には既に建っていたものですし。祖父母と一緒に住んでいない人には違和感がないのではないかと思います。

私も子供の頃に上った記憶があり、大人になって景観に興味を持って以来、大嫌いでしたが、(この歳になり)今では懐かしい景色にも思います。

まぁ・・・正直・・・寺院などの古都を表す景観とは(全く)調和をしていないとは思いますけど(笑)昭和の間違いの一つの記憶として、いいんじゃないでしょうか(笑)