今の家、昔の家、未来の家


「家」とは、「漢字」は屋根の下で豚(家畜)と一緒に過ごす場所。稼ぐは、稲を家に入れること。嫁ぐは女を家に入れること。家とは人の営み、生活の全てだった。

「家」という言葉に対応する具体的な「モノ」を考えてみると・・・家ってなんだろう・・・




今、現存する家のほとんどが、終戦後の住宅不足を背景がつくられた建築基準法に従った「家」。

そこに住まう建築主が、最低限の規定の上に「建築自由の原則」で建てるはずの家。

現実には開発事業者が現れ、この最低限を目標にした消費財としての「商品」になった家。


商品の質は、長く建築基準法に定められた最低限を目指して作られていた。田舎から都会にやってきた親は、産業廃棄物になる商品をローンで買った。

商品の中で生きることが、今、家の中にいるということ。違和感があるような気もするし、違和感があって欲しいと思う現実もある。


近代の自然科学は、ガリレオによれば計れるモノであることが絶対の条件。現実として量として計れないものは自然科学ではない。

この延長上に今の家があることが、違和感の原因のような気がする。


アリストテレスのように近代以前は、「現象の本質」という質を追究していた。そもそもの現象自体を目的とし、方法論や法則化だけを重視していなかった。

しかし、私は、質より量の時代に育った。


古民家と呼ばれる茅葺き建物には、「今の商品」とは何かが違う。別に本物とか偽物とかでもなく、モノとして作られた訳ではなく、自然と出来た佇まいがある。

人間も自然の一部として生きていた時代、営みの延長上に自然と家が出来上がっていったのかもしれない。


しかし、今、このような家を蘇らせることには意味があるのか・・・


茅葺き民家は、「結(ゆい)」の原則で成り立っていた。材料の茅が近くにあり、「結」があり、作られ続けていた。

「結(ゆい)」は農の営み(田植え)、生活の営み(屋根葺きなど)の中で、一時に多大な労力を要する際には共同で労働・相互扶助をしていた形である。

しかし、茅葺きの葺き替えに結が残っているのは、五箇山や白川郷の合掌集落くらい。そして現在でも茅葺屋根の民家が残っている。


その他の地域で、家の形が変わったのには意味がある。結がなくなり、材料の茅が刈れなくなり、維持が困難になっていった。

それを一時の思いつきで蘇らせるのは、都会に恐竜を生み出すことに近い。金食い虫で燃えやすい。あんな大きな木材も不要であろう・・・


でも残したいと思い、古い民家も残る時代になった。恐らく、「残したい」と思ったから残すだけが理由と思う。

修景としての価値や人間の営み考察などは、費用を正当化する後付け理由に近い。しかし、作れば作ったで、茅場をつくり、組織をつくりと社会が変わっていく機会でもある。

家があると人が結びつく。商品として快適に過ごす場所だけではない、人間にとって価値が生まれる場所であることを本能的に知っているからだと思う。


平成になってリフォームした古民家には大きな玄関や土間、縁側があり、囲炉裏、仏間・客間がある。

これらを見て「古民家」という。一つのジャンルであり一つの様式。

人が交流できる場がある、延いてはその場所(土地)に代々生き続ける行為が生まれるモノが「家」。

商品の家で生き続けることから、今ではマンションで生き続ける時代になった。マンションでは宇宙で暮らすことと根本的な違いはない。


土の上、地球の上で生きてきた人間から見れば、家は幻想を生む商品に移り変わっているのかもしれない。