「買ってほしい」といつも願うけど、「買いたいと思う商品になる」ように願う
生産性を下げている構造。この空気感から見る…
「これ本当に福祉団体の商品!」と、思うことも多くなった。喜ばしいことと同時に「福祉団体の商品?」って、何で分かるのだろう・・・
福祉団体の販売品がバカ売れって聞いたことがない。
じゃー売れない理由は「何か?」と。別に(普通の)民間企業だってつぶれていくのだから、福祉団体だけが売れない商品を作っているわけじゃない。
だけど、これらの商品には「同じような空気」がある。売れる空気感があれば良いと思うが、「そうでもない」と思う。
この商品を生み出す空気は何?
一つには「作れるもの」をただ作った・・・別に、売れる物をリサーチして作るだけが売れる唯一の方法でもない。作れるモノを愚直にこだわって作り、商売が成立している人もいる。
しかし、福祉団体では「作れるモノを作るだけ」で商売が成立する歪みがある。
作ることが目的化して商売をする先が無くても成立する歪み。
その一つは「初期投資が(その商品に対して)限りなく低く、実質はゼロ」。
事業主体が福祉団体の場合は、純然たる営利企業としての初期投資を借金してからの経営するモデルではない?
もし、普通に事業者として行う場合は、商品や人件費、施設整備の初期投資部分の回収も含めて、商品・施設運営の売上げから捻出します。
福祉団体の商品は、「その部分」については、稼ぐ必要がなくても成立する前提になっているような気がします。そのため、事業計画の段階から、あまり売上げがあがらなくても「成立する」という環境から、出店コストや立派な施設を作っておカネはかかっているのに、(経営上)売上げのハードルが低くてもつぶれない歪んだ状況が生まれる土壌があります。
多大な支援をしているにも関わらず、大して儲からなくてもいいような仕組み。本人たちもやることがあるから良いのではないかと思われても・・・実際は関係者の生産性を下げてしまっているように思う。
損益分岐点が通常より(あまりにも?)低い水準が容認され、生産性が低くても維持可能な歪んだ環境ある商品が誕生しますので、売上げ向上・改善に向けて現実と向き合う努力をする必要が低く、結果として利益が更に小さくなるサイクルになっていく。
売ることが目的でないと言われれば、何のための「商品」なのでしょうか?世界でたった一人であれば商品を作ったりしません。自分しかこの世にいなければ生きる為にそのような商品をつくったりしません。誰も買わなくて良いなら商品なんてそもそも作りません。
誰かに触れて貰いたい。食べてもらいたいと思うから、商品をつくり改善をしていきます。普通に事業するなら、自分たちの商品を知って貰う初期投資を行い、より高い利益を生み出そうとして各種の水準を上げていきますし、オーダーメイドの特徴あるモノが作れるのであれば、廻りの支援はそのこだわりを真摯に宣伝する工夫に特化するでしょう。
事業主体が福祉団体であるという依存構造。ノーリスク依存が生み出す改善サイクルにない生産性の低い商品。そこから感じる空気感が、商品を取る手を引っ込めます。