建築家は、美しいメールを(仕事では)書いてくれ

メールは確かに便利ですよね。相手の時間を拘束しないし。ただ・・・前々から気になっているのが小さい建築の設計事務所さん。

大手さんはさすがに「大手」と言われるだけに、要件と期日が明確。「当たり前」だけと確認の電話もある。見習わないといけないなぁといつも感心しますが、チト事務的でもある。。。



その「その当たり前」・・・って、「当たり前」なの?

そうなんです。建築設計事務所さんでも、小さい会社さんは、仕事の契約相手に「ツレ」のような親しみをして頂ける方が時々(いや、ほとんど?)おられます。若い人だし、フランクね。と思っていたら、おっさんも全く同じ・・・。だから「コイツ」が、こうなんだけど(笑)

メールがいつも凄い。改行さえもそろっていない。話し言葉のメール。求めているものがイマイチよく「分からない」。期日も書いていない・・・数行のメールにツッコミが止まらない。

そして「メール送ってるでしょ」というのがキメ台詞。メールは送って終わりではなく、相手が読まないと始まらないことが分かってない。そこから、合意形成をどうするかの話では?といつも思う。

大事な基本設計のプランでさえ、寸法も不確かな平面図1枚だけ送られてくる。これで構造計算を開始します。と宣言されて、ハテサテ、どうして良いモノか・・・と。

受け取って失笑するしかないが、「お話しましょうか?」と聞いても「メール送ってるでしょ」と言われる。建築家の名誉の為に言うと大手設計事務所の場合、「こんなことはナイ」。

ただ、1000㎡未満で設計費が1千万程度以下の設計を頼む時などは本当につらい。中小を外したいが、地元に依頼する方針の為、大阪の小さい設計事務所が選ばれると本当に苦労する。

仕事のメールとSNSが一緒になっている。もちろん、敬語もおかしい(笑)。「了解した。ご苦労さん」など。承知しました。お世話になります。お疲れ様と返しても意味が分かってない。いやー疲れる。

大阪だけなのかなぁ・・・前から思っているのが合併して、大手数社になってくれぇ・・・現在の建築業界の形態は本当に市民の為なのか?

丹下健三は、日本は封建社会から市民社会を経ず、資本主義社会に突入したので、封建社会が残る官庁建築を激しく非難していた。欧州は、市民主義の時代に建築家が活躍し、医者・弁護士同様に市民権を得ているような話をしていた。そして、現在の建築家は外の社会の一部でありながらも対立する構図があると言っていた。社会の為に働き、給与も得ているが創造活動が理解されないと。

日本の建築家は医者よりも明確に資本主義に飲み込まれている。現在の位置づけを変えたいと思っている建築家なんているのかぁ?いれば行動を起こせばよいと思うけど、諦めているのなら大合併して資本主義社会の一員として活動をすればどうか。建築ではなく建設コンサルタントに組み込まれる方がまだ良い。一般サラリーマンとしての給与や処遇は得られるであろう。

社会的な意味や創造活動をしたいと真に願っている人の迷惑にもなっているこれら中小建築事務所が社会に属する場所が得られれば、日々、創造活動をする才能を持った人も世に出るチャンスが広がると切に思う。

自分が書いた基本プランをメールに添付しては、誰からも相手にされていない。ごちゃごちゃのメールの文章を見て思う。もう少し工夫すれば良いのに。

この人達の創造活動としてのプランに工夫があればメールごときで文句は言わない。(施主はバカじゃない。身銭を切っている人は建築家以上に本気だ。)

「美しいものだけが機能的である。ゆえに美しい階段だけが、人を階段に上らせる。」を例にすれば、美しいメールの文章であれば、読まずには、そしてプランを見ずにはいられない。平凡なプランでも興味がそそられるようにして送って欲しいものですね。

そして、結果以上に大事なのは、つくる過程のプロセス。「関係者の人達が面白い」と感じることが、モノをつくることのようにも思うのだけど。まぁ大阪では違うみたいだけど。どこも一緒か?資本主義に飲み込まれ、ただ疲弊しているだけの人が作る建物を(社会の為に、建築家の為にも)これ以上増やさないで欲しいとメールを見て思う。