森のゾーンこそ!?

今の神戸は、六甲山の北側が”田舎”で、南側(海側)が”都会”になっています。






戦前の日本は、ほとんどが田舎と称される空間で、東京や大阪など都会はごく一部だったと思います。
その都会にあこがれ都市化することを発展として選択したとき、高度成長期に都市と田舎の比率が逆転したのだと思います。

この田舎、「自然条件が人口環境に優越すること」とされています。人が住む田舎とは、この自然と人口物のバランスが「自然優位」ということです。

山間を中心に過疎化が進みましたが、山間は里地里山などと言われているところでした。理由を考えると自然優位のため「手入れが必要」という点が大きいのではないかと思います。

女性が自分の顔や体を手入れするように、日々何かしらの手入れをしないと維持できない世界。それが里地里山の空間。この維持する「労力」を違う形に戦後は選択して都市化を進めました。

手入れはめんどくさいし、労力も必要です。また、里地里山は、交通事情も便利ではない地域が多く、そもそも山の間に住む行為自体が便利な状況とはいえません。ですから、大都会は平地であり、山間にはありません。

都会の人に里地里山に興味を抱かそうとすると、この自然優位の環境に対して、手入れが受け入れられる程度か否かのバランスが大事と思います。


国営明石海峡公園神戸地区は、六甲山の北側(裏側)にあります。

国土交通省によると、「都市公園は都市環境の改善、都市の防災性の向上等に寄与しています」とあります。

都市公園は、都会の人のための公園。藍那は都会の人が、異文化である田舎を受け入れる場所となるはずなのでしょうか。

今の公園つくりは矛盾していなければ良いのでしょうけど…

地域交流の視点も書かれています。都会の理論で地域交流する公園とするか、自然の手入れをしてきた里山の視点で都会を受け入れるのか。

来年度の開園エリアは今となってはどーしようもありません。安全は技術や公園つくりの真理ではありません。次の開園には是非とも、自然条件が人工の環境や空間を優越していることを感じられる公園空間にして欲しいと思います。