和田山からの車窓
僻地に行けば、古い民家が残っている…訳ではないようだ。
現実に古い民家は車窓からは見当たらない。
京都や奈良の都心部に残っている風景が、宝塚から豊岡に行けば行くほどなくなり微妙なアパートメントになる。
古い民家を残す文化、古いものに新しい使い手を担う文明は都心部にしかなく、僻地に行けば行くほど、中途半端な建物しかない。
その土地の文化を内から見ることの難しさなのか。
文化を見つけられないと中央の論理に淘汰される。形式が始まり形式に終わる。誰もよく知らない、その土地では見たこともなかった形式に流される。
紅葉の山々に薄っぺらい建物が並ぶ。数百年この景色が保たれれば、これも日本の原風景になるだろうけど。
もったいない、ことをしたものだ。