建築は空間に表現された時代の意志である

ミース・ファン・デル・ローエの「Less is more」に次ぐ、有名な言葉であるけど、空間を作る建築家って結局、自分のいたその時代、これからこうあるべき、こうえあれ的な時代の代弁者の側面がありますよね。

で、その空間に添えるモノっても、その時代なりの意志をそこに置くために作るんですよね。この柿も…
 神戸ビエンナーレ2015 (今日の元町 高架下)



ルイス・カーンは、『「レンガに何になりたい」と話しかける。「アーチだ」とレンガは言う。「アーチは金がかかるからコンクリートのまぐさでいいか」とレンガに聞くと「アーチがいい」とレンガがいう。ここが大事だ。素材に敬意を払うべきだ。』


この説は(笑)。そうですよね。テクスチュアの本質を見抜き、誇り高いその心に耳を傾け作るんですよね。(では、これも?)

で、これで思い出すのは、フランク・ロイド・ライトの「文学は人を語り、建築は人間を示す」。本を知らず知らずのうちに自分を表す重要な書を手に取っているし、住宅は知らず知らずのうちに、家を見ればその人が分かるように趣味の良し悪しもさえも具現化している。(生け花だって、その人なりを知らずに表しているような…)

そのライト。結果としてある目の前の事実は一つ。フランク・ロイド・ライトは「真実は事実より大事だ」という。真実は人の数だけ存在するという。その事実に対して自分が行ってきたこと、自分が感じた真実は、その結果の目の前の事実より大事なことだといいうことでしょうか。私はそう思いますね。


この生け花に何を思うかは自分次第。作った人は支えてもらった人や作る過程での協力者など色々な真実があったと思います。