元町アート 神戸ビエンナーレ



おそらく、神戸ビエンナーレで最も訪れる人が少ない場所だろう。元町商店街、商店街ではモトコーと言っている。初めて訪れた人には気味が悪い場所かもしれない。


日中でも薄暗い、夜はシャッター外の高架下に ぽつぽつ光が宿る。人は疎らだ。

完全に諦めてはいない…

まだ探している

2人、いや、これまで正確には4人。私の周りで、同世代が会社を辞めていった。同じ年が2人、一つ年上が1人、数歳年下が1人。彼らは会社に絶望しながらも完全に絶望していない。微かな希望の熱源が残っていた。希望を求めて去っていった。皆、同じような理由だ。
同様に会社を辞めるかなと思った人がいた。ただ、これまでの例と違う。今までは男だったし、安くない稼ぎの夫がいる。しんどい思いをして働く理由も特にはないだろうという点で。
しかし、仕事は続けるという。生活のために割り切って働くという。
しかし、今の仕事は自分に向かないし、仕事量も物足りない・・・、・・・いや、割り切ってはいない。
気付くのに時間がかかった。割り切っていれば何も感じないはずだ。割り切れていないから辛いのだ。

今は希望がない

恐らく、本当に割り切ることが出来れば楽になるだろう。私は今の職場に来てから日々擦り切れていった。日を追うごとにやる気がなくなる。
だが、もう少しで楽になりそうな気もする。ここには夢も希望もなく、生きる為の熱源がない場所だ。諦めることが出来れば不満も何も感じない。
前の職場は、村上春樹の「猫の街」だった。戻るべき場所が間違っていただけだ。しかし、戻る駅を間違えたら本当の駅が分からなくなった。そうして・・・元町の高架下を うろうろ している。
今の私にはピッタリの場所だろう。この商店街も諦めかけては諦めていない。新しい看板を見ればわかる。でも、しんどい でしょう。でも木や虫のように枯れていくことに絶望や悲しさを感じないわけにはいかない。人が生きていることだから。

今、神戸ビエンナーレで展示がしている。人が少ないが、(正直)ナカナカの作品とは思う。しかし、落書きや、無造作に這いつくばる配管、ん?って思う物体の方が、ここには似合うアートと感じる。