西宮 目神山

石井修「回帰草庵」

 西宮にある住宅(自邸)。建ててから、年月を経る毎に評価される住宅は少ないような気がします。

私の祖父母が建てた家は、財産の多くを投じ、労力と希望を掛けながらも今では祖母が1人で使っているだけで、あまり使わなくなっています。

戦後、苦労して建て家もこのような家が多い気がします。また、安価な建て売り住宅の中には、もうすぐ建て替えサイクルに入るような家も多く、代々その土地、その家で住み続けることが少なくなっているような気がします。

石井修は、多くの建物を建てその地域・住宅地の質を確保しているというより、周辺環境と人間が住む家との折り合いの付け方を示し、周辺の住宅も感化・影響され、一定の質を確保したいと思う人を増やしているような気がします。

家や周辺環境に、次世代が惹かれ愛着を抱くような魅力があれば、代々住み続けるようになり、まちなみが維持されるとは思う。その前提には今住んでいる人が愛着を抱ける環境がなければそれも難しい気がします。

住宅は人と同様に永遠ではないが、土地の環境はその愛着の度合いで将来が決まっています。


石井修は、「自然と建築の融合」を生涯のテーマとして、傾斜地では傾斜なりに建物を配置し、地形変更を最小限に留めた自然共生の設計をしています。

環境に従い、愛着の持てる地域の空気を生み出す為に、建築家は自然に対して当たり前のことをすべき。甲山と北山緑地公園の間の山の中にある住宅は静かに物語っています


1.目神山

 阪神間の六甲山系の東端に、「宝塚・西宮・芦屋」が位置する。山側には、苦楽園、六麓荘があり、海側には御影や岡本の住宅街がある。目神山は兵庫県西宮市・夙川の山手、甲陽園の近くに位置する。大阪から阪急電車・バスを乗り継ぎ1時間。

阪急(神戸線)の乗り換えは、西宮北口で北上すると宝塚、夙川から北上すると西宮・甲陽園となる。
甲陽園駅から目神山までは、直線距離は1.5km。しかし、標高差が150m以上もある急斜地。甲山周辺の家は、六甲山系の山の中。傾斜がきつく大規模な平地開発が難しい。結果として所々、別荘地と住宅地の中間的存在という感じの高級住宅地もある。

目神山の住宅地は、平地の市街地が斜面に拡大したわけではなく、ハナから傾斜地に住む、自然の山の中に住むような価値観の場所である。


2.開発経緯
 大正時代の甲陽園は郊外住宅地として人気があった。遊園地や温泉施設もあったらしいが、電車(阪神・阪急)の発展で海側が開発され、戦前には既に寂れてしまった。

昭和(10年頃)になり、少しずつ再開発が始まってはいたが、目神山の住宅地分譲始まったのは1959年からである。

当時の販売広告には、
「阪神間に残されました唯一の理想的健康住宅地です。即ち、西に西宮市北山公園に接し、北に甲山遊園地及植物園に隣接、同地は御承知の如く近日中に西宮市の事業として綜合開発し、ケーブルカー、ホテル等を施設する事新聞にて発表済であります。
 眼下に西宮、大阪、神戸の都市のきらびやかな夜の夜光を見、雲間遠く淡路島を望観し沁々たる松籟を聞き樹間に伏せばあたかも仙境に住むの感を覚えます。

 交通も京阪神急行神戸線(夙川駅乗換)甲陽園を御利用、梅田駅又は神戸三宮駅まで夫々約三十分であります。

 文教施設も大社小中学校、幼稚園近くに関西学院、鴨川学園、神戸女学院があり、御子様には恵まれたところにあります。

 今日の宅地の高騰は住宅難の緩和のガンであり、為に当協会所有196533坪(公簿面積)の一部を土地区画整理組合用として開放する事としました。」
とあります。今とそんなに変わらないような謳い文句ですね。

ちなみに1959年の分譲価格が平米当たり1000円。行政の開発ではないので、都市計画はなく、地形に沿った道路が斜面をぬうように走り、結果としてひな壇場の平地がない自然な地形が多く残された。


3.目神山に建てるという意味

 開発時には分筆条件や保安林の保護、用途など厳しい建築条件が多く存在した強制力がなく、開発許可申請で全面的な敷地造成も可能であった地域でもある。

故に、施主や設計者の考え方で、まちなみが大きく変わる地域でもある。その中に石井修の住宅が集中する12番坂があり、1976年「回帰草庵」が最初に建てられた。

石井氏は
「乱開発によって失われてゆく地表に対して、私たちはこれほどまでに無関心でいられるのはどうしたことであろう。

失われた地表をどこかに還元しておくことも、やればできるはずである。屋上の芝生も二十数センチ厚の土で立派に育っている。土のおかげで断熱がよくなり、夏は涼しく、冬は暖かく、防水層の保護にも良く、そして寝転べる。

建ぺい率に頭を悩ますより、こちらの方が手つとり早い環境づくりではないだろうか。

屋根は雨露をしのぐためだけにあるのではない。土を載せた緑の屋根は大地となり、建物は姿を隠して、隣家のための庭園となる。

植物が育ち、人々が憩い、そして自然と戯れる絶好の場となる。緑の中に建つ家は、木々に隠れて見えないようにつくればよい。

自然環境が壊れることなく、美しい街並みが自然とできる」。
 石井の設計は、傾斜地の地形の改変を最低限に留めることからRC+木造の混構造が多い。

敷地の地形を丁寧に読みとりながら、建物を沿わせ、奥まった場所に建物が配置されている。

隣接とも地形の高低を利用して、建物内部と外部が連続した環境でありながらプライバシーが確保されている。

そして、敷地境界線が緑で見えない。
そもそも境界線(道路、隣地)が分かるということは、土地所有のアピールのモノが表面に突起している。景観を壊しているモノがこの敷地境界場に存在するモノであることが多い。これが見えないつくりになっている。


4.自然と調和した家とは…

 ある記事には、個々の敷地境界線は完全に緑の中に消失し、山の中に浮かぶ島々が家々のようであると書かれていた。

目神山の環境とまちなみを壊したくないと思う意図が設計に埋め込まれている。

ルールが先にある「まちなみ景観」の場合、『大きさや色や形』をそろえなさいとなる。なぜなら、ルールは変なモノをつくるやつを防ぎ、最低限のクオリティを確保するという方向性(性悪説)になる。

これは、制服によって生み出される均質性と同義である。本当は私服を着ても、一定の統一感を持った魅力的な集団がどうずればできるかということを考えなければならない。

目神山は先に守りたい実例があり、その思いの中で維持されている。