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夏休み 読書3
安藤忠雄のアンドー説(藤森照信)から。打ち放しは、フランス生まれの技法で、およそ100年の歴史を持つ。
鉄筋コンクリートならば、柱・梁の構造を追求しなければならない。この方向性を支えていたものは“新しい技術は新しい形を欲す”という技術と表現の一致を求めるモダニズムの思想である。
表現と技法を一致させよというイデオロギーを鉄筋コンクリートで適用するとどうなるか。タイルや石を張って構造体を隠すことは間違いで、コンクリートの地肌をそのまま見せてしまえとなる。鉄筋コンクリートは、<柱・梁><打ち放し>の二つを旨とするモダンな建築家たちの暗黙の了解となった。
日本では、柱を立てて梁をかけることは昔ながらの技術であって、ちっとも新技術・新工法ではない。むしろ壁の構造の方が新味がある。<打ち放し><壁構造>とコンビを組み、レーモンド以後、多くの日本人建築家により打ち放しの壁の表現が試みられ、そうした蓄積の上に安藤忠雄が出現した。
この灰色鮫肌への突破口を開いたのは理論だった。理屈の力。20世紀に入ると機能主義、合理主義、科学主義が叫ばれ、実用性を持たない装飾的なものが建築から取り除かれてゆく。理論に背中をどつかれて、アバンギャルドな建築家たちが、様式と装飾を捨てた後にも、どうしても脱げない最後の一枚がコンクリート構造には残った。打ち上げた後、ザラザラの地肌に白い漆喰を薄く塗らないと落ち着かない。せめて下着のように白い薄物で包まないと、かわいい娘を人前には出せない。
誰がペレのバトンを継ぐのか。
レーモンドは、打ち放しの魅力は素材感にあることを語り、さらに、近代的工業材料のなかでは打ち放しコンクリートだけが大地と親和性を持つと述べている。モダニズム建築論の構造や材料そのものの美しさを生かすは多くの建築家がやがて気付くが、大地との親和性をレーモンドだけが知っていた。
レーモンドが世界で最初に試みた打ち放しとして、壁面の打ち放し(ペレは柱だけ)と曲面の打ち放しがある。
積層造の歴史の欧州が、ラーメンフレーム構造の打ち放しを採用したのに対して、軸構造の日本が壁構造の打ち放しをつくった。欧州が壁を無視できない民族であることはアンドーの活躍を見て思う。
しかし、林昌二氏は、打ち放しをコンクリートそのものの表現と言って良いのかギモンを呈す。あれは型枠の表現ではないか。打ち放しに収束しなかった本野清吾の努力の方がむしろ正解に近いのではないか。では、はつりだし、小たたき程度がコンクリートの姿なのか。