夏休み 読書2

建築における日本的なもの(磯崎新著)より

 「日本的なもの」とは外から見た日本についての見解。

 島国で境界が海しかない日本人にとって、内輪だけで完結していれば日本的なものを定義する必要がない。

 実用的な目的に従って、新しい技術と工法を用いて建物をつくり、その上に伝統的な建築的モチーフとして屋根をのせる。合理主義的な構造物の上に、伝統的なモチーフをわかりやすい表象物としてのせて合体させる。

 ブルーノ・タウトは、天皇(ほんもの「ハイアート」)と将軍(いかもの「キッチュ」)の対立に美的判断をひとつの基準として持ち込む。伊勢・桂・御所-日光東照宮。

 日本的なものと近代的なものの統合。

 丸山眞男は、江戸時代に政治思想のなかから、『作為と自然(じねん)』という対立的な概念を抽出した。

 作為は<構築する意思>であり、自然は<おのずからなる>である。

 構築と生成に読み替えて。更に前者を西欧的な思想形式としての建築、これが近代的なものとして日本に流入していると解釈もできる。これに対して自然のなりゆきにまかせる、その動向を察知してこれに従うのは日本での固有な人生観で、これを日本的なものと名指することができる。その相互のはたらきは日本文化史を貫通する構図であることを後に展開する。

 日本建築の特性は、日本の独自の風土が「自然」にうみだした形式であると説明されてきた。(ところが)丹下健三は「(大東亜共栄圏における)建築様式に関して、神のごとく神厳にして・・・」

 浜口隆一は、西欧の建築意識は「物質的・構築的」、日本の建築意欲は「空間的・行為的」に傾斜する。

 「近代」と「日本」、「構築」と「生成」、「物質的」と「空間的」といった系譜の異なる対立する視点を、同時に批判する視点を探していたためである。

 内部が組み立てていたロジックで内部の仕組みを解明することは、構造的に成立しない。日本を思想的に支配していたのは、閉鎖系の内部で洗練することだけである。

 常に新しい趣味の生まれる源泉が、西欧世界の外側に捜された。

 弥生的=アポロ的=貴族階級的=高床式住居

 このとき日本という国家は自らを表象する主題を失い始めていた。経済的な復興が成功した。技術大国とも呼ばれ始めた。日本という明治がつくりあげた民族国家が、伝統的な文化ではなく、経済や技術で表象されるようになる。

 都市の心臓。はたして、日本に広場はあったか。

 祭事は元来、政事であった。ナチ党大会の広場、天安門広場。

 頭脳中枢(事務、管理機構を納める行政中心)、内臓器官(住居地区)、四肢(労働の場としての工場地区)、循環器系(交通機関)を比喩していた。

 細胞の「新陳代謝」。ユートピアは死んだ。

 ユートピアは実在しないからユートピアである。

 時+間=時間、空+間=空間