未来への「人と技術の共生」について


◆未来への「人と技術の共生」について
(10年後にこうあって欲しいと思う「共生の概念」)

 人は、言葉や数字などの記号を用いて高い形式的な思考を行い構想・技術を用いて文化を発達させてきた。
具体的に用いた思考では、例えば三段論法(「もし~何々ならば~何々である。」)といった仮説演繹的思考などを用いて、人は高い形式的思考、抽象的思考による理想的な解を記号で導き出すことを行うことを進化と呼んできた。進化は「人間とは」どのようなものであるかという思考を行い、抽象化したものを通じて構想・空想による無限の文化への創造、逆に無限の不安・空想への恐怖の対応。同時に理想の解は、倫理観・道徳観の確立といったものが合わさったものというのが、人の営みである。そして、次の時代の人に自身の努力した結果を受け渡して人が進化を続けるものという考えがある。

 今,人工知能の知識を用いて概念の記号が勝手に学習していく。今までは文献など記号で受け渡され各自が創造して世界を拡げて作り出してきたものが、バーチャルな解が勝手に進化(変質)している。創った人間が驚いている世界に、人がコントロール不能な世界を生み出した現在に恐怖がある。

 全ては人がつくった記号。記号が記号を作り出したらどうなるのであろうか・・・。共生できない記号は、人が排除するであろうが排除できなくなったら怖い。人が作り出した記号であれば10年後も20年後も技術と人との関係は根本的には変わらないはずである。この人工知能を用いた技術が活かされて欲しいのは精神的・身体的な障害など他者と比べて人間社会では相対的に不自由な点を生じさせている人への日常生活へのサポート。10年後は社会的弱者にも広く技術の恩恵が受けられる社会に進化して欲しい。人の進化にかかわるものは本来人がすべきものであるが、便利になりすぎて人がすべきものまで機械が行う時代がくるのではなく、障害・加齢などの幅広い人が社会に参加できるようになるために技術を生かした概念を形に活かす機械で日常サポートが得られる時代がくれば良いと思う。