人工知能



共生の概念


 人は、言葉や数字などの記号を用いて高い形式的な思考を行い構想・技術を用いて文化を発達させてきた。


具体的に用いた思考では、例えば三段論法(「もし~何々ならば~何々である。」)といった仮説演繹的思考などを用いて、人は高い形式的思考、抽象的思考による理想的な解を記号で導き出すことを行うことを進化と呼んできた。


進化は「人間とは」どのようなものであるかという思考を行い、抽象化したものを通じて構想・空想による無限の文化への創造、逆に無限の不安・空想への恐怖の対応。

同時に理想の解は、倫理観・道徳観の確立といったものが合わさったものというのが、人の営みである。人類全体の進むべき道と個々の生きる生々しい生活の両方が成立するやり取り自体が、倫理観や道徳感の生み出す下地と思いたい。

そして、次の時代の人に自身の努力した結果を受け渡して、人が更に進化を続けるものという考えがある。切り捨てられるものも多そうであるが。


 今,人工知能ではそれら知識を用いて概念の記号が勝手に学習していく。今までは文献など記号で受け渡され各自がミクロで創造して世界を拡げて作り出してきたものが、バーチャルな解が勝手に進化(変質)している。創った人間が驚いている世界でもあるのではないか。人がコントロール不能な世界を生み出した現在に恐怖がある。

全ては人がつくった記号。記号が記号を作り出したらどうなるのであろうか・・・。マクロ的に最善の方策がいつも提示できるとは限らない。ミクロの人間生活の営みを経て、マクロも修正されるべきだ。


共生できない記号は、人が排除するであろうが排除できなくなったら怖い。人が作り出した記号であれば10年後も20年後も技術と人との関係は根本的には変わらないはずでもあるが?

人の進化にかかわるものは人がしなければ人間社会ではないと思う。人口知能に駆逐されるヒトが現れないことを願う。